光陽梅村(カンヤン・メファマウル) 광양 매화마을

光陽梅村(カンヤン・メファマウル) 寒い冬を忍んで春一番を知らせる...

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[光陽梅村(カンヤン・メファマウル)] 寒い冬を忍んで春一番を知らせる...

 

旅行の楽しみは、私が行ってみた所でも行ったことがない所でも、新しい風景を感じることにあり、 出かける前に準備をしながらときめく心と、帰ってから思い出す気持ちにあると思う。
このごろは便利になって、インターネットに接続すればすべての旅行の情報を得ることができるし、 ナビゲーションさえあれば道に迷う心配もないが、こんな風に便利でなかった時代には、その時代なりの楽しさがあったと思う。

旅行関連本を見て、地図でコースを選んで、同行する者同士で協力し合って道を捜して...
道に迷えばそのまままた新しい旅行のコースになって...

今は移動する距離と時間まで正確に予測することができる便利な時代だが、たまにはそんな不便さが懐かしい時がある。

私が梅村を初めて訪ねたのは4年前だったが、あの時と今で変わった風景はアナログとデジタルの差程大きいと言えば大げさだろうか?

私の夫は10年以上前にここを尋ねた憶えがあると言う。
そこで梅農園に対する説明を聞いて、ある女性一人に会ったが、その方が今のホン・サンリ女史。
無料でご飯も提供してくれて、訪問者たちに梅エキスをプレゼントしてくれたが、あの時はこんな全羅道の隅にある梅農園が果してうまくいくだろうか、苦労して農園を作るおばさんが本当に大変そうだと思ったそうだ。
今のように全国的に有名な観光地になるとは誰が思っただろう。

とにかくそこは、今や全国で一番先に春を知らせる春の旅行地になった。

春の便りを一番先に伝える所、光陽梅村



今回はテーマ旅行社を利用したから仕方なかったが、個人の車で移動したら河東にあるモクチョン村という梅の村にも立ち寄ることをお勧めする。

今は旅行社の商品にも出ている程知られているが、それでも知られていない方。
そして、平沙里原野も一度眺めて、崔参判(朝鮮時代の官職)宅に立ち寄って朴景利先生の小説‘土地'の主人公になってみるのもよい。
(しかし、実際朴景利先生の小説の背景になった所は、今の崔参判宅ではない)

河東松林を通って橋を過ぎると纎津江(ソンジンガン)が現われる。
青梅の農園ではないとしても、纎塵江辺はいちめん梅の天地だ。

やっと到着した梅村!



趙芝薫の梅花頌に出会う。
見る人によって、こんな詩碑は好き嫌いがあるだろうが、さりげなく置かれた詩碑を見て、梅や花を表現した作品を通じて文学的感受性を育てることができて良かった。
詩を読んで見てしばらく余裕を持ったりもして...


梅が咲いた丘の後ろは、村の色とりどりな屋根が見える。
青々とした新芽の野原ともよく似合っている。


天気もよくて、更に美しい風景だ。
新しく建てたような東屋が余裕のある感じを与える。


この風景はまるで盈徳(ヨンドク)の梨の花を連想させる。
そういえば...盈徳の桃の花と梨の花をしばらく見ていないな。



抵抗詩人の李陸史先生にここでお目にかかるとは。
そういえば...春を一番先に知らせる梅は、本当に寒い冬をすべて耐えた偉い花だな。


纎津江を愛した金龍澤詩人の詩。
何となくこことよく似合っている。


梅村に渡りながら見た智異山の裾と、その下の纎津江はまさに一幅の絵だ。


いよいよ幾多の人波をかきわけて入った青梅農園。
並んで列をなす瓶置き場が、お互いに威張っているようだ。
ところどころ庭梅、紅梅を植えてあり、よく合っている。


分かります?
あるかめの上には石が載せられている。
それは...その味噌の持ち主がいるという意味。
注文を受けて作った味噌にはこのように表示をしておくそうだ。
一瞬、誰かがいたずらで石を捨てたり別のかめにのせたら、、?
瓶置き場も過ぎて、売り場も通って、一本道に沿って散歩をした。


椿島でも見られなかった椿の花をここで見ることに!


ワー~本当にきれいだ。清い。


おぼろげ...


梅村にも山瀋按の木があるね。
少し歩いて行ったら遠くに展望台も見える。

 

4年ぶりに来たらこんな見晴らし台もできていた。
人々が見物のために、そして写真を撮るために列をなしていた。

 

右を見たら、いま上って来た竹林の道が下に見える。

 


一方には白い雪か、ポップコーンのような、つぼみからはじき出た梅を見て~

 

左側を見たら映画の撮影セット場がある所も見えて~

 

無理なく作られた階段に沿ってまた下りる。

 

何といっても緑と調和した風景が一番美しいようだ。


石垣のある道に沿って映画の撮影セットがある所に...

 

ほとんどの人々は、主にここに足を停めて行くようだった。
ホン・サンリ女史が住む住宅もあったが、そこまでは行かなかった。

 

部屋を温めているのか、煙突からゆらゆらと煙が上っていた。

今からは美しい梅の香煙!
どれが一番きれいでしょうか~!!

 

 

まるまる~ おぼろげに...

 

恥ずかしそうに... はにかむように顔を伏せて~


 


時々群がっては消える雲で、見える風景は時々刻々変わるけど、 纎津江と梅。それはあまりにもよく合う絵だった。

 

この時は完全な満開ではなかったけど、そのままで美しい。
今ごろはみごとに咲いて花びらが舞っているだろうな。

 

康津出身の永郎先生の詩もある。


 

下りてきたら、始めのかめ置き場がまた見えた。
もう下りる道。

 

全盛期は短いと、書き入れ時を迎えてお婆さんたちの手が慌ただしい。
すごく寒い日だったけど、たくさん売れたかな。

 

 

様子が変わって不慣れな感じもして、残念さもあったけど、 相変らず光陽梅村は美しかった。
もう少し商業的な感じがしなくて、もう少し混まない日がくるだろうか?
来年も春風が吹けば、ここに私の足が向くことを心より願って...

 

 

 

 

 

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