江原道炭鉱文化村 강원도 탄광문화마을

1960~70年代の炭鉱地域の現場をそのまま再現修復して、過去への時間旅行を通して鉱夫の生活を体験することが出来ます。

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炭鉱村を体験できる江原道炭鉱文化村

2009年10月20日に江原道寧越北面馬次里に「江原道炭鉱文化村」がオープンしました。
江原道炭鉱文化村は石炭が黒い黄金と呼ばれた1960~70年代の
炭鉱地域の現場をそのまま再現した場所で馬次里の昔の姿をそのまま修復して、
過去への時間旅行を通して鉱夫の生活を体験することが出来ます。
江原道炭鉱文化村を通して記憶の中に消えてしまった活気溢れる炭鉱村通りの姿を見ながら、
同世代にはおぼろげな昔の記憶を思い出させる時間を与えて、
若者たちには異色体験を通して昔の鉱夫の鮮やかな生き方を感じることの出来る体験空間です。
炭鉱文化村
馬次里村炭鉱文化村の入口
炭鉱文化村炭鉱文化村
権陽気のワイヤーをドラム缶に巻き上げた装置「権陽気ローラー」と
炭鉱村生活館建物後に建てられている慰霊塔です。
炭鉱文化村
ここで入場料を払って炭鉱村生活館を見回した後に体験館を回ると良いです。
炭鉱文化村
鉱夫の哀歓が感じられる馬車家と鉱夫の姿、
当時の馬車炭鉱村横町が実感できるように構成されています。
炭鉱文化村
当時の炭鉱村通りの風景を絵でも表しています。
炭鉱文化村
小便禁止と書かれているのに小便をしている子供の姿です。
炭鉱文化村
家の外に共同水道が設置されて水道周辺はいつも人々で賑わっていたと言います。
炭鉱文化村
社員住宅は係長や監督など職位を持った人々だけが
入居できる住宅で台所と部屋二つの間取りの家です。
炭鉱文化村炭鉱文化村
炭鉱文化村炭鉱文化村
鉱夫の家は職級により居住区域と規模が違い、鉱夫は鉱山に近く、
20世帯が一緒に住む建物で施設は部屋と台所だけだったといいます。
炭鉱文化村
ご飯を炊く釜戸、棚の上に上げられた器などの昔の品物に郷愁が伝わります。
炭鉱文化村
炭鉱は週1日単位で08:00~16:00、16:00~24:00、24:00~08:00の交代制での勤めなので、
勤務時間に合わせて家族も暮らさなければいけなかったと言います。
炭鉱文化村
鉱産村は鉱夫が疲れを癒すために醸造場が盛んでした。
60年代の醸造場の前には朝早くから黄色いやかんを持ったお使いの子供達の姿が日常風景で、
昼から酒に酔った人の姿も良く見られたといいます。
炭鉱文化村
昔の鉱夫の髪は殆どが短髪だったといいます。
髪が長いと石炭を洗い流すのが大変だったからだと言います。
炭鉱文化村
今でも道端でたまに見かけることの出来るボンです。
炭鉱文化村
炭鉱村は交通が不便で常に生活必需品が不足していたといいます。
炭鉱文化村
寧越鉱業所の配給所は米と雑穀を好きなだけ配給して
後から控除を受ける形式で運営されていたと言います。
炭鉱文化村
福祉会館には、採炭作業の時に使われた装備と生活用品などが陳列されています。
炭鉱文化村
鉱夫の子供達が通った学校の教室には、
家族連れで来た観光客の方が昔の思い出を回想して、
実際に教室に入って授業を受ける真似をしていました。
炭鉱文化村炭鉱文化村
炭鉱では配給所を直営しながら生活必需品を供給していました。
炭鉱文化村
村入口の馬次里バス停は、
昔寧越馬次里炭鉱村に暮らしている人々の唯一の交通手段のバスだったといいます。
炭鉱文化村炭鉱文化村
炭鉱村生活館から出て体験館に行ってみると野外採炭施設展示場に
陳列している圧縮機、換気機を見ることが出来ます。
寧越鉱業所で生産された石炭は当時のロープウェイで寧越火力発電所に運び出されたといいます。
炭鉱文化村
この日の炭鉱文化村には、午前中から多くの観光客の姿が見えました。
炭鉱文化村
体験館の側には、炭道がそのまま残っていました。
炭鉱文化村
石炭産業は1980年代中盤まで家庭用暖房燃料として使用されていましたが、
他のエネルギーが使用されるようになって石炭産業も衰退していったと言います。
炭鉱文化村
体験館中に入ると炭道の案内図が詳細に描かれています。
炭鉱文化村
炭鉱文化村炭鉱文化村
炭鉱文化村
鉱夫の仕事現場と炭道の雰囲気を体験できます。
石炭を掘り出すための過程が詳細な説明とともに理解しやすいように製作されています。
炭鉱文化村
石炭を掘り出す過程が壁にリアルに描かれています。
炭鉱文化村炭鉱文化村
他の路地に入ると同心を思わせる絵が描かれています。
炭鉱文化村
寧越の新しい観光地である「江原道炭鉱文化村」
是非、家族で一緒に訪れて欲しい場所です。

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